研究成果

学会

媒体の種類:学術論文
掲載紙/掲載誌/掲載メディア:米国化学会誌 J. Am. Chem. Soc.

著者:Chun Yin Jerry Lau, Hiroaki Kinoh, Xueying Liu, Jiayuan Feng, Fadlina Aulia, Kaori Taniwaki, Nan Qiao, Satomi Ogura, Mitsuru Naito and Kanjiro Miyata

経時的に構造を変化させるダイナミックポリプレックスを用いて、アンチセンス核酸をセンチネルリンパ節に送達することで、乳がんの再発と転移を抑制

要約:センチネルリンパ節(SLN)は、乳がんが転移する際の最初の関所であり、がんの進行をくいとめる重要な役割を果たしています。しかしながら、転移能力を持った進行がんでは、SLN内でがん細胞などにより分泌されるタンパク質「TGF-β1」を介して、がん細胞を攻撃するはずの細胞傷害性CD8陽性T細胞が不活性化されています。本研究は、この細胞傷害性CD8陽性T細胞を再活性化することで乳がんの再発・転移を抑制することを目指しました。実際には、TGF-β1の発現レベルを下げる「アンチセンス核酸(ASO)」を設計し、それをSLNに送達するナノマシンを開発しました。一般的に、リンパ節などを含む生体組織は微細な網目構造を持つため、そこを通り抜けられるサイズの薬剤あるいはドラッグデリバリーシステムを調製する必要があり、血管系と比較してリンパ系の薬剤送達はハードルが高くなります。例えば、新型コロナウイルスワクチンで用いられる脂質ナノ粒子のサイズ~100 nmでは、リンパ節への薬剤送達にはサイズが大きすぎる可能性が懸念されます。これに対して今回研究チームは、10 nmかつASOが緩く内包された「ダイナミックナノマシン」を作ることで、効率よくASOをSLNに送り届け、標的となる免疫細胞内でASOを機能させることに成功しました。本ナノマシンは、ブロックポリマーの「正に帯電したアミノ酸の配列」および「生体適合性ポリマーであるポリエチレングリコール(PEG)の長さ(あるいは分子量)」を上手く調節することで実現されました。具体的には、正に帯電したリジンが10個連なったアミノ酸と比べ、非荷電性であるグリシンが間に入ったグリシン-リジン10個の繰り返し構造を持つアミノ酸は負に帯電したASOを緩く内包し、標的細胞内でASOを適切に放出できることがわかりました。さらに、PEGの分子量を10,000前後に調整することで、SLN内のASO分布量および分布範囲を増加させることができ、それ以外の正常組織へのASO分布を減らすことができました。実験の結果、最適化されたナノマシンは、SLN内のTGF-β1量を減少させ、SLN内で枯渇したCD8陽性 T細胞を再活性化し、乳がん切除手術後のがん再発と肺転移を劇的に抑制することがマウスモデルで明らかになりました。これらの発見は、進行乳がんに対するシンプルで安全な核酸医薬治療を可能にする分子設計指針を提供するものです。現在、適切な治療法がないトリプルネガティブ乳がん(TNBC)など難治性乳がんの転移・再発を抑制し、根本治療を実現する方法論を近い将来構築できればと考えています。

 

https://doi.org/10.1021/jacs.5c04234

 

 

 

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